切りのいいところまで漢字をつくって、『Typography 06』を読みながら朝のコーヒーを飲む。巻頭特集は「タイプキャッシュが選んだ欧文70書体」。「新書体ができるまで」というコーナで、Source Han Sansとともに、TP明朝を取り上げていただいた。制作プロセスの図版とコンセプトの話題を中心に、4ページ分の記事が掲載されている。書店にて是非。

技術に対する要望と、当面の作業内容についてフリーディスカッションをおこなう。生産性を向上させる取り組みを、どれだけ根本に近いところまで掘り下げて考えるか。今日のところは、皆で意見を出し合って、アイデアを共有できたことをもって収穫としたい。

もろもろ改善に向けた検討と準備をおこなう。ソロホームランよりも、いまは手がたく塁を埋めることを優先させる。ヒットエンドランをかけるにしても、タイミングを逃しては元も子もないし、観客の喜ぶ派手な試合をやるにしても、結果と実力をともなってこそである。まだまだこれから。

直立二足歩行によって人類が手に入れた最大の武器が文字だとすれば、二足歩行の宿命ともいうべき病いは腰痛だろう。座業による文字づくりで腰を痛め、痛めた腰で文字をつくっていると、因果応報の四文字が頭にちらつく。以心伝心のテクノロジーが実現すれば、コミュニケーションのあり方は根底から変わるはずだが、そのとき人間の想像力や表象力が拡張するのか縮退するのか、おそらく、環境と身体がその鍵を握ることになるだろう。座ったままより歩いたほうが、すこしは腰も楽になる。

スイスタイポグラフィ30年:TM誌 1960-90』とアレクセイ・ブロドヴィッチの本が届いたので、ざっと目を通す。今回は図版の資料性よりも、内容を重視して購入を決めた。TM誌のエミール・ルーダー、ハーパーズ バザーのブロドヴィッチ、いずれも同時代および後世のデザイナーに与えた影響は計り知れない。写真と活字のレイアウトにおける圧倒的なクオリティは、自ら築いたシステムやフォーマットを揺さぶる、不断の実践と実験精神によって鍛え上げた独自のスタイルに支えられていた。アルゴリズムで到達できない領域を考えるべき時代に入った今、次のタイポグラフィはどこで生まれるのだろう。

三日前から腰の痛みがひかず、一年ぶりに近所の鍼灸院へ。鍼と電気刺激と整体の三点セットで治療をしてもらう。直後は快調。そのあと調子に乗って漢字をつくっているうちに再び痛みにおそわれ、さすがに自宅へ戻って横になる。ドゥルーズの『ベルグソンの哲学』をちびちびと。からだが動かないので観念する。

新人にはていねいに見る習慣をつけさせて、しつこく修正の指示を出す。それでも字姿が定まらないときは、各漢字の要点を手で書いて示し、できるかぎり自分で直させる。ニュアンスの部分で、どうしても雰囲気がしっくりこない場合のみ、本人の目の前で修正を行なう。急がば回れとはこのことで、実はこれがいちばん合理的。私もそうやって教わった。10代のデッサンも、20代のタイプデザインも

明けがた目が覚めて、武蔵美に送らなければいけないテキストがあったことを思い出し、冷やりとした。締め切りは明日まで。学生の作品を見直し、短いコメントを書いて送る。学内展示が楽しみだ。遅い昼をとって、午後から書体制作とデザインチェック。

フォントの仕様を決めるにあたって、組版エンジンの不可解な動きに翻弄されている。アプリ側がおかしな解釈をしているのはあきらかなのだが、過去のデータとの互換性を考えると、その解釈が訂正される可能性は低そうだ。デジタルフォントと組版アプリにまつわる歴史的な負の遺産の根は深い。

書体づくりの合間あいまに軽い打ち合わせ。文章チェックと文案づくり。検討すべき事柄多し。人脈づくりは後回し。

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