仮名の修正と漢字の制作を進めつつ、新人ふたりのデザインチェックと修正指示をおこなう。見るべきところを伝え、手直しされた文字に修正の意図が反映されているかどうか確認する。次に同様の箇所でつまずかなければ、チェックポイントのひとつを理解したものと考える。ささやかな伝授。そのくり返し。
衆議院選挙の投票日。四年前まで息子が通っていた小学校は、見違えるほどきれいになっていた。子供が大人になったときに希望を持って暮らせる国であることを願って票を投じる。腹立たしいのは、その願いが叶わない将来を念頭に日々息子と接しなければいけないことである。それにしてもずいぶん長い時間をかけて骨抜きの人間と底なしの社会をつくってきたものだ。
濁点つき仮名の修正作業。試作フォントの印字サンプルが私の机に置いてあったので、自宅に持ち帰ってじっくり見る。さまざまな角度でフォントの性質を検証するために、文章の種類や文字の大きさなど、サンプルのバリエーションは多いほど良い。
書体デザインにおけるさりげない改善を、たしかな手ごたえとして感じうる人たちと仕事ができるのは幸せなことである。書体デザイナーは当然として、ユーザーやクライアントのなかでその感覚を共有できる人がどれだけいるかが、フォントメーカーおよび関連産業の将来、そして書体の将来を左右する。さらに言えば風景も変わるのだけど、それは都市フォントの文脈で説明したほうが分かりやすいだろう。頼るべきは腕、絞るべきは知恵、である。
新人が進めている試作フォントのデザインをみる。当面の目標は方向性を定めること。あとでこうしておけば良かったという陥穽を避けるために、この段階では、試行錯誤のサイクルをできるだけたくさん回しておく必要がある。
社内でツールの講習会を一時間ほど。配慮の行き届いたプレゼンテーションだった。若いエンジニアと来年の話を少々。構想を実現するために補うべきものは何か。組織としてどこを強化し、どうやって伸びしろを広げるか。挑戦はこれからだ。
久しぶりに出先で打ち合わせ。これまで積み重ねてきたことの応用編。やはり今は蓄積を実績に変えていく時期なのだろう。活かしてこその蓄えである。
アクの強い書体はひとまずおいて、書体の価値を云々する際の基準のひとつは、その書体でしか表現できない固有の雰囲気があるかどうか、だと思う。問題は、書体ごとの雰囲気の違いを感じとる人が少なく、まず圧倒的多数の人が書体のことを気にかけないという事実である。さらに、書体が書体をまねる傾向が強いため、なおさら固有の存在価値がうすれ、ますます違いが分かりにくくなっていくという悪循環を生んでいる。新鮮な空気を巡らせたいのであれば、新たな生息域を求めるべきなのかもしれない。これは実に書体の生き方の問題でもある。
月見うどんを食べたあと仮名の修正作業に入る。明るいけど寒い。そういえばきのうはスモーキーな満月がいい感じだったな。
印刷博物館『世界のブックデザイン2013-14』。書体の使われかたを中心に一冊ずつ手に取って見ていく。セリフ系フォントの出番が減っていく傾向は、どこの国も同じようだが、今年はいっそうその感を強くした。